9月 19, 2014
「時給1210円、1日5時間勤務のため、年収は80万円にしかならず生活保護を受けている」

 高松の集会ではこんな女性臨時教員の事例も報告された。時間単位の細切れで働く非常勤講師の時給には教材研究やテスト作りなどの分の給料は含まれない。県が雇うと時給2500円だが、市だと1000円台。そんな非常勤講師間の格差まで存在する。だが、こうした実情は世間にほとんど知られない。

 税金で運営されている公教育の現場で、なぜこんなに非正規形態の教師が増えているのか。

 理由の一つは、「定数崩し」や「総額裁量制」と呼ばれる制度の導入だ。教師の数には定数があり、それを超えると国庫負担の対象とならない。2000年代に相次ぎ制度が改正され、教師の数や給与の種類、額を自由に決められるようになった。その結果、正規教師1人分の給料で、より給料の安い非正規教師を2人、3人と雇うことが増えた。

 ただこれらの理由は、都道府県によって非正規教師の比率が大きく異なることの説明にはならない。沖縄(15.6%)や奈良(12.5%)、三重(13.1%)などが10%を超える一方、東京は1.4%にすぎない(定数に占める臨時的教員の割合)。

 首都圏では埼玉県が12%と、全国有数の高さだ。同県教育委員会は「教育には継続性が大事。正規教師を増やし、教育の質の向上を図っていきたい」とし、18年ごろまでに非正規比率を全国平均の8%まで落とす目標を掲げる。

 だが、埼玉県の小中学校だけで約5000人の非正規教師が働く。彼らが授ける教育の質が低いというなら、なぜこれほどの規模の教師を非正規という形で教壇に立たせるのか。その見識が今、あらためて問われている。
8月 14, 2014

保育園のころ、魔法を使える先生がいた。

その人のことを、ここでは「まこ先生」としよう。30代前半で、職場では中堅のスタッフとして活躍していた。もちろん当時の私はあまりにも幼く、先生たちの年齢をきちんと把握していたわけではない。「若い先生/大人な先生/おばあちゃん先生」……それくらいザックリした認識しかできなかった。子供ながらに「まこ先生は頼りがいのある大人の先生だ」と思っていた。

まこ先生は、私が5歳のときの担任だ。

私が通っていたのは公立の保育園だ。高所得家庭の子供だけが集まる(?)私立保育園ならいざ知らず、様々な境遇の親たちが子供を預けていた。

とくに私の学年には、近隣の悪ガキどもが集結していた。暴れる、噛み付く、ひっかくのは当たり前。おもちゃはすぐに壊され、床や壁は汚される。みごとに手のかかる子供ばかりだった。すり傷やたんこぶは日常茶飯事だったし、親たちもいちいち目くじらを立てなかった。最近の保育園ではどんなに小さな怪我も許されないと聞いている。それに比べれば、なんというか、おおらかな時代だったのだろう。

私たちは3歳~4歳のときに数々の伝説を作り、悪評を確かなものにしていた。そして、そろって5歳児クラスに進級した。そこで出会ったのが、まこ先生だった。

その保育園は2人担任制だった。まこ先生のほかにもう1人、とても若い先生──ここでは「きく先生」としよう──が、私たちのクラスを担任していた。さらに時々、見覚えのない先生が来ていた。たぶんパートタイムの保育士を雇っていたのだろう。まこ先生ときく先生の2人の正規職員+パートタイムの計3人で、最凶の悪ガキ集団を迎え撃ったのだ。



きく先生は、子供からあまり好かれていなかった。

決まりごとに厳格で、ルール違反を絶対に見逃さなかった。たとえばお昼寝の時間。横にならない子供が1人でもいると、烈火の如く怒った。眠気があろうとなかろうと、子供たちを片っ端から布団に叩き込んでいた。私は昼間に眠くならない子供だったので、きく先生に監視されているお昼寝の時間がひたすら苦痛だった。

たとえばお散歩に出かけるとき、給食を食べるとき、そして読み聞かせをするとき。そんなときは、子供を1カ所に集めなければいけない。大人の言うことを聞かせなければいけない。ルールに厳格なきく先生は、きっと、号令1つで子供が動くのを理想としていた。「集まりなさい!」と命令すれば、子供たちが遊びをパッとやめて駆け寄ってくる。彼女はそういう状況を求めていた。

しかし私たちは悪ガキ様ご一行だ。そんなこと、できるわけがない。

言うことを聞かない私たちに対して、きく先生はヒステリックに怒鳴るだけだった。「集まりなさい!」「遊びをやめなさい!」「こっちに来なさい!」そして「言うことを聞きなさい!」……まこ先生が休んだときは、きく先生の怒声が教室に響くのだ。やがて子供たちも慣れてきて、きく先生の言葉を聞き流すようになった。「はいはい、集まればいいんでしょ?」みたいな斜に構えた態度を取るようになった。子供とはいえ、5歳にもなれば「話を聞くふり」ができるようになる。心の中では相手をバカにしているのに、態度だけ取り繕うことができるようになる。



まこ先生は違った。

たとえば子供を集めるとき。まず右手の指を3本、左手を2本伸ばして、胸のまえに突き出す。そして「あわせて、いくつだ!?」と近くの子供に聞く。相手はぽかんとしながら、「5つ?」と答える。「正解! それじゃ次は……」と、また違う組み合わせの指を差し出す。遠くから見ていた子供たちが(何か面白そうなことをしているぞ?)と気づいて、まこ先生の周りに集まってくる。

そして3分後には、クラス全員がまこ先生の前に集まって、われ先に「指の数クイズ」に答えようとしているのだ。

指の数を当てさせるだけではない。ある時は、なぞなぞを駆使していた。

「暗くって、暗くって…暗ぁ~いモノは、な~んだ!」

まずはかんたんな問題から。まこ先生の近くにいる数人が、声を揃えて「夜~!」と答える。

「正解! それじゃ次は……白くって、冷たくって、甘ぁ~いモノは、な~んだ!」

これもかんたんな問題。子供たちは大声で「アイスクリーム!」と答える。遠巻きに眺めていた子供も、(なんだか楽しそうだぞ)と近寄ってくる。

「次の問題は、ちょっぴり難しいよ~?」

もったいぶった口調で、まこ先生は言う。

「高くって、高くって、高~いモノは、な~んだ!」

「天井!」「屋根!」「うんてい!」

子供たちは口々に、自分の知っている「高いもの」の名前を上げる。

「ううん、もっともっと高いものだよ?」

遠くのほうで遊びに夢中だった子供たちか(まこ先生が何かしてる)と気づく。次々に集まってくる。

「えっと~、サンシャイン!」「東京タワー!」「富士山!」

子供たちは夢中になって、矢継ぎ早に答えを口にする。まこ先生は首をふる。

「いいえ違います!もっともっと、も~っと高いもの!」

いつの間にか、クラス全員がまこ先生の周りに集まっている。

そして声を揃えて、「「空!」」と叫ぶ。

「はい、正解です!」

まこ先生はニコッと笑う。

「それでは空を見に、みんなでお散歩に行きましょう!」


これは一例にすぎない。まこ先生はありとあらゆる手段を使い、悪ガキ連中を意のままに操っていた。優しいばかりではなく、イタズラをしたときは厳しく叱られた。私も何度かげんこつを落とされた覚えがある。それでも、まこ先生がヒステリックに怒鳴ることはなかった。

子供の主体性を引き出して、自発的に大人の言うことを聞かせる。

まこ先生の技術はまるで魔法だった。



     ◆



先日、まこ先生は長年務めた保育園をやめた。

定年よりも少しだけ早い退職だった。まこ先生いわく、体力が衰えたからだという。子供の抱っこがつらくなったから、もう保育士は続けられないと判断したそうだ。園長や役所の管理職を目指すのではなく、まこ先生は最後まで保育の現場に立ち続けた。

まこ先生のかつての教え子や、その親たちが集まって、ささやかな「お疲れさま会」を開くことになった。

私も同席した。20年ぶりに再会したまこ先生は、記憶のなかの姿よりもずっと小さかった。目尻や口もとには年相応のしわが刻まれて、「お酒は医者に止められているから」とウーロン茶しか飲まなかった。まこ先生はすっかり「おばあちゃん先生」になっていた。



きく先生が苦手だったこと。まこ先生はまるで魔法使いだったこと。

私がそんなことを話すと、まこ先生は控えめに笑った。

「きく先生だって、悪い先生じゃなかったのよ?」

ウーロン茶で口を湿らせて、まこ先生は続けた。

「たしかに、ちょっとマジメすぎる部分はあったけれど……でも、保育に対する情熱は私と変わらなかった。もしかしたら、情熱は私よりも強かったかもしれないわね。少なくとも『話を聞く子を育てたい』という目標は同じだった」

表面的な態度を取り繕うのではなく、心から大人の言うことを聞く子供。大人が与える言葉や知識を、すんなりと飲み込める子供。そういう子供でなければ、小学校に上がってから苦労する。幼児教育においても「保育目標」が設定されていて、子供たちを一定の水準まで育てあげる義務があるという。

「大人の命令を聞くという意味じゃないわよ」まこ先生は念を押した。「先生や親の授ける知識をスッと受け止めて、自分の頭で判断できるようになる。そのためには、大人の話をきちんと聞く子供でなくちゃいけない。私たち保育士がそういう子供を育てられなければ、その子の一生が滅茶苦茶になっちゃうわ」

責任の重たい仕事だったわね、まこ先生はしんみりと言った。

「だけど、ばつぐんに面白い仕事だった」

私は食い下がった。

「そうは言っても……やっぱり、きく先生のやり方がいいやり方だったとは思えません。子供たちはみんな、きく先生の話を聞く“ふり”をしていました。まこ先生のおっしゃる『目標』とは真逆ではありませんか?」

「そうね」

まこ先生は目を伏せる。

「気づいてほしかったけれど……。きく先生は気づいてなかったのかもしれないわね」

「気づくって、何に?」

子供は考えるのが好きだってことに」

昔のように、まこ先生はニコッと笑った。



指の数クイズも、なぞなぞも、まこ先生の技術は「子供に考えさせる」のが土台になっていた。「考える遊び」を駆使して、まこ先生は悪ガキどもに言うことを聞かせていた。

子供の「考える力」には個人差がある。

なかには頭の回転が速い子供がいる。言葉が達者で、口から先に生まれてきたような子供がいる。その一方で、ぼんやりしていて、何をするにもワンテンポ遅れてしまう子供がいる。けれど、どんな性格をしていようと子供は考えるのが好きだ。まこ先生は、そう言った。どんなにおっとりした子でも、その子なりに「自分で考える」のは楽しいのだ。頭を使うのはよろこびなのだ。

「だから、まったく考える余地を与えなければ、子供は言うことを聞かなくなる。表面的に取り繕うだけになってしまうの。反対に、ちゃんと考えさせれば、子供はきちんと言うことを聞く」

そして自分で考えた結果が「上手くいった」と経験するのが楽しい。1~2歳なら、パンツを自分で履けた。靴下がうまく履けた。そんな小さな成功が、子供は嬉しい。だから子供が何かに初めて成功してたとき、大人がきちんと褒めるのが大切だという。

「なるほど! 子供は褒めて育てるのが正解なんですね!」

「そうは言っても、褒めすぎもよくないのよ?」

「だけど…頭ごなしに怒鳴るよりもいいですよね!」

「怒鳴りたくなることぐらいあるわよ。人間だもの」

40年近く子供と向き合ってきた人は、考え方の“厚さ”が違った。

「すごい、すごいと何をしても褒める親がいるけれど……褒めすぎると、今度は『すごい』と言われないと不安な子供に育ってしまうの。トイレに行っただけで『すごい?』と親に訊く。靴を履けただけで『すごい?』と承認を求める。できて当たり前のことを褒めるのは、子供にとってプラスにならないと思うわよ」

まこ先生は言葉を区切った。

「それから、今の親たちは忙しいでしょう。朝から晩まで働いて、くたくたに疲れて帰宅する。なのに子供はタダをこねて、まったく言うことを聞かない。そんなとき、怒鳴るなというほうが無理でしょう。どんなときでも笑顔を絶やさないのは、超人的なお母さんにしかできないわ。大人だって怒ることもあれば、キレることもあって当然。人間なんだから」

私はおずおずと答えた。

「そうは言っても……子供に対してムキになって怒るのは、やっぱりよくないことだと思います」

「そうね。子供の扱いに慣れていたら、怒らないで済むかもしれないわね。大人がカッとなるのは、子供に言うことを聞かせる方法が分からないからだと思うの。どうしても子供が言うことを聞かないから、どうすればいいか分からなくなって……それで頭に血が昇るんじゃないかしら」

「つまり、子供に慣れるのが大事ってことですか」

「そう、今の親たちは子供に接する機会に乏しい。人によっては、自分の子供ができるまで、まったく子供の面倒を見ずに大人になる」

だから子供の扱い方が分からない。

「たとえば、何を褒めるべきで何を褒めなくていいのかのさじ加減とか、疲れ切っているときでもキレずに済ませる方法とか、そういうものは子供と接してみないと分からない。子供と向き合った時間が長ければ長いほど、子供がどういう生き物なのか分かってくる。そして、うまく子育てができるようになる。私はそう思うわ。……ところで、あなたは結婚していなかったわね。あなたの身近に子供はいるかしら?」

「はい、姪っ子たちと……あとは子持ちの友人が何人かいます」

「だったら、その子たちとできるだけたくさん会っておくといいわね。あなたの知らないことを、子供はたくさん教えてくれるはずよ」

「そうすれば、私にも魔法が使えるようになるでしょうか?」

「魔法?」

まこ先生は首をふる。

「そんな大それたものじゃないわ、私は自分にできることをしていただけよ。私には保育ぐらいしか、できることが無かったから」

8月 12, 2014
7月 5, 2014
7月 2, 2014
家族とけんかして自室にこもっていたらドアの外側の下から
プシュップシュップスッって鼻を鳴らす音がした
開けてみるとそこに犬がいた
2日ばかり会ってなかったから犬が様子を見に来てくれたみたい
部屋に入るのかと思ってドアを大きく開けたけど入ってこなくて
ドアの前で尻尾を振ってこっちを見ているだけ
撫でてやろうとすると後ずさって逃げる
なんだよと思ってドアを閉めるとまたプシュップシュップスッってやりだす
何がしたいんだと思って部屋から出たら嬉しそうに飛び跳ねて家族がいるリビングへ向かう
ちゃんと自分が付いて来ているかどうか振り返り振り返り確認しながら

家の犬は食に貪欲でふてぶてしい所もあるが健気で本当に良い奴だよ
「終電、無くなっちゃったね…」彼女はそう呟いて、隙間無く埋め尽くされた時刻表を見つめていた。20XX年の日本、経済振興のため全企業に24時間営業が義務づけられ、5分刻みのシフトに支配されたオフィス街へ人間を輸送すべく終日終夜列車が運行している。「終電」は、無くなってしまったのだ。
 
6月 24, 2014
そうか。「微レ存」って「微粒子レベルで存在する」の略だったのか。レは漢文のレ点だと思って「在ること微かなり」と読んでたから,違和感がなかったんだな。
6月 20, 2014

「ちょっと待て!」:クレーマーはかけ声をかけることでパニックを拡散させ、相手の立場を悪くさせる
「どうしてくれるんだ!」:クレーマーは怒声や罵声で相手をパニックに陥れようとする
「……………」:クレーマーは自分が沈黙することで相手から不用意な言葉が出るのを待っている

 つまり、怒声が耳に響いたら「いま、脅しにかかっているな」と判断し、「ちょっと待て!」と呼びかけられたら、「ワナを仕掛けているな」と用心するのです。

 そして、クレーマーが急に口をつぐんだら、こちらも黙ります。揚げ足をとられないように余計なことは口走らないことが、もっとも効果的な防衛策なのです。

 具体的なやり方は以下の通りです。

1 クレーマーが仕組んだ沈黙に対しては、こちらも沈黙で応える
2 相手が急に黙ったら、こちらも5秒間の沈黙をつくる
3 相手が5秒間沈黙したら、こちらは10秒間黙っている

 こうして相手に沈黙を破らせることができれば、上出来です。

 しだいに相手のほうが焦ってきて、支離滅裂になってくるはずです。

yajifun:

Woman Diver from Shido (Shido no ama) from Ehagaki sekai / Yoshitoshi

絵葉書世界より 志度の海女 月岡芳年 1907年

国立国会図書館デジタル化資料 - 志渡の浦玉取蜑/雷公引水

芳年略画 志渡の浦玉取蜑 月岡芳年 1882年

(andi-bから)

washiemon:

“Tanuki (Raccoon Dog)” Utagawa Kuniyoshi
『狸』 歌川国芳

(andi-bから)